いま話題の「カスタマージャーニー」について、詳しく解説します 前編

この記事では、昨今注目されている「カスタマージャーニー」について解説していきます。web上のマーケティング戦略だけでなく、サイト構築や企業全体のブランディングにも影響を及ぼす流行の経営テーマですが、よく理解しないまま導入すると、時間と費用がかかった割にいま一つ効果が実感できない、という事にもなりかねません。分かりやすくご説明していきますので、ぜひ参考にして、皆さまの企業経営のお役に立てていただければと思います。

カスタマージャーニーってなんだろう

改めて、カスタマージャーニー(Customer Journey)という言葉をご存じでしょうか。

マーケティングに関心の高い企業や、情報収集に熱心な担当者なら、一度は耳にされたことがあると思います。カスタマージャーニー(以下、CJと略します)とは簡単に言うと、「ある商品・サービスをめぐって態度変容を起こす一連の流れ」のことを言います。

皆さんは何がきっかけとなって商品の購入を決めるでしょうか?スーパーの店頭で見かけておいしそうだったから。webサイトのユーザーレビューが良かったから。チラシの掲載価格が安かったから。理由は物や人それぞれに異なるでしょう。また商品の価格帯やそのカテゴリーへの思い入れの度合、急いで買わなければならないかどうか、などといった要素もそこには関係してきます。CJは、この一連のプロセスを明確にし、視覚化する目的で作られるものです。

最近はデジタル化が進み、買い物のプロセスにもスマホが大きく関わるようになりました。買う前にまずどこで売っているのか、価格帯はいくらぐらいか、評判はどうかなどについて検索したり、ショップのアプリやSNS経由で向こうから商品情報が飛び込んできたりします。商品・サービスとユーザーの接点が昔とはだいぶ変わってきて、テレビCMや印刷物、店頭での声がけ以上に、デジタル媒体の果たす役割が重視されるようになっているのです。

これに伴い、マーケティングの世界ではCX(カスタマー・エクスペリエンスCustomer Experience:顧客体験価値)であるとか、DX(Digital Transformation:デジタル化への移行推進)といった新しいキーワードが話題に上がっています。その潮流の中で、消費者との接点(タッチポイント)をどう設計し、最適化するかの指針となるカスタマージャーニーが注目されている、というわけです。

 

カスタマージャーニーの大まかな流れ

カスタマー(お客さま:Customer )のジャーニー(旅:Journey)という二つの英単語から成るこの言葉。商品やサービスをめぐって生じるこの旅は、お客さまの視点で大まかに次のような流れを取ります。

・その商品・サービスの存在を知る

・興味・関心を覚える

・情報を収集する

・実際に手に取る、テスト体験する

・誰かと相談する、意見を聞く

・購入(利用)する

・使用し、期待値と比較する

・周囲に広めたり、勧めたりする(逆もありうる)

この段階的なステージのそれぞれに、どんな接点(タッチポイント)があるかを見極めると共に、お客さまの感情や態度がそれによってどう揺り動かされ、変化するかをシミュレートするものがカスタマージャーニー(CJ)です。

さて、ここでちょっとネットの検索窓に「カスタマージャーニー」と打ち込み、画像検索をかけてみてください。文字や絵を横長に配置した図表が、数多く表示されることと思います。これらはカスタマージャーニーの流れを視覚化したもので、「カスタマージャーニーマップ」と呼ばれます。ほとんどがその作り方を解説したノウハウサイトに掲載されているもので、中にはテンプレートをダウンロードできるサイトもあります。

「これは便利だ。ノウハウを読み、テンプレートを使えばうちでもすぐに作れるじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、ここに落とし穴があります。これらは理論的に間違ったものではありませんが、見ただけで作れるほど、CJは一筋縄でいくものではないからです。

 

CJ作成に必要な知恵は、現場にある

「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きているんだ!」という有名な格言(笑)がありますが、CJの作成に必要な知恵もまた、実はそれぞれの現場にあるのです。お客さまが何によって購入を決めるのか、例えば長く勤めている営業担当者は、なんとなく認識しているかもしれません。しかし、言語化されていないために、他の人に教えることができないでいる。だから全社的に共有がなされない。CJの肝は、そうした隠れた「暗黙知」を視覚化し、共有することにあります。そして、お客さまと直に接する営業担当者だけでなく、店舗のスタッフや広報広告、事務経理の担当、web制作スタッフ、SNSでの呟きに至るまで、お客さまを取り巻くすべての媒体を最適化することに役立ちます。

では、具体的にどう作っていけばよいのでしょうか。CJ作成のステップは、大きく次の5つです。

STEP1:お客さまの行動の収集:どんな行動のシーンがあるのか

STEP2:「お客さまの態度・行動」について日常感じていること、考えていることを列記する

STEP3:上記2と3についてディスカッションする

STEP4:お客さまの行動と媒体(タッチポイント)を図式化する

STEP5:いまできていること、できていないことを整理した上で、どんな態度変容を促したいのか(目的)と、それを実現するためにすべきこと(課題)を導き出す

基本的には、この5つのプロセスで作っていけばよいでしょう。ノウハウを解説しているサイトの多くは、社員数や事業所の数が多い大企業の事例を掲げています。しかし、リソースの限られる中小企業には、参考になりにくい面もあります。テンプレートの穴埋めをするだけでは意味がありませんし、いきなり完全なものを目指す必要もありません。まずは5つのステップで作ってみて、気づきの追加や状況の変化などに合わせて、都度更新していけばよいのです。

CJと合わせてよく用いられる概念に「ペルソナ」というものがあります。お客さまの代表として設定される、象徴的なイメージ像のことです。よく例として示されるのが、Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)の「秋野つゆ」という女性像です。

次回の記事では、このペルソナについて詳しく述べていく予定です。ぜひ参考にしてください。

【参考】
スープストックトーキョーのブランド戦略 〜 やりたいことをやるというビジネスモデル 〜 (president-ac.jp)

 

注意しなければならない5つのこと

CJの考え方については、おおよそ理解していただけたでしょうか。この章では、そんなCJに関して、注意しなければならない点を5つ解説します。

・どうやって活用するのか、決めておく

図表が完成し、具体的なアウトプットを目の前にすると達成感が得られます。これで満足してしまい、そのままお蔵入りというケースもしばしばあります。これを防ぐには、最初に作る目的を明確にしておく必要があります。例えば「新規顧客の獲得を2割増やす」「ネット経由での問合せ件数を月間30件獲得する」「登録いただいたアプリのクーポン使用頻度を10%上げる」といった、具体的な数値目標を設定することで、CJの精度が一層高まります。

・裏付けとなる調査データを収集する

中小企業ではなかなか難しいのですが、いくら現場に知が埋もれているとは言え、現状を正しく認識するには調査データがなくてはなりません。現場での思いが正しいかどうかを検証する意味でも、顧客のリピート率や属性分析、webであれば訪問経路やクリック率、コンバージョン(成約)率などを数値で把握することが大切です。webサービス上でCJを支援する・自動化すると称しているツールのほとんどは、ここに関わるものです。データはアンケートやアクセス分析などの定量調査だけでなく、お客さまへのヒアリングやインタビューといった定性調査からも得られます。余裕があるようであれば、外部専門機関の協力を得て調査を行うことをお勧めします。調査の裏付けがなく、勘と経験のみで創られたCJは、ただのエピソード集になりがちです。

・既存の調査からは、新規事業や新商品は発想されにくい

けれども、もしCJの作成が新規事業や、これまでにない新商品の展開に活用する目的で行われる場合は、既存の事業や商品に対する調査データでは不足です。改めてその市場についての知見を補完する、アンケートやインタビューなどの調査が必要となります。お客さま自身が気づいていない、いまだ顕在化されていないニーズを明らかにするのであれば、調査の内容や手法も従来のものとは異なってきます。

・CJは唯一無二の旅程表ではない

CLは、企業が把握できている側面から見たお客さまの旅の旅程表です。そこから外れる自由気ままな、思わぬ旅のコースを取られるお客さまも、存在します。特に最近はGoogleが提唱する「パルス消費」のように、段階的・理性的な消費行動をとらないケースも増えています。こうした「想定外」のお客さまの存在に気づいたら、CJに追加して更新していくようにしてください。

【参考】
瞬間的に買いたくなる「パルス消費」、衝動買いと何が違う? – Think with Google

・相手は「お客さま」だけとは限らない

CJには「カスタマー」という言葉が使われているので誤解されがちですが、企業が考えるべきCJの範囲は必ずしもお客さまだけ、とは限りません。採用においては、新卒や就学中の学生、中途の求職者に対してCJを構築しなければなりません。また、産業である以上環境への負荷は多かれ少なかれ発生するため、近隣や周辺社会、出資者(株主)に対し、責任を果たす企業としての印象を形成するCJが求められる場合もあります。対消費者のCJと連環し、重なる部分もありますので、関連付けながら作成してください。

 

シミュレーションスタディ:街の写真館の事例を考えてみよう

ここからは、中小企業の一例として「街の写真館」という業態を想定し、CJ作成のシミュレーションを試みます。シミュレーションはCJ作成のトレーニング・研修として利用できるので、本章を参考にいろいろな業種・業態や商品・サービスを題材として、皆さんで楽しくチャレンジしてみても良いかと思います。

ではまず、CJ作成のSTEP1「お客さまの行動の収集:どんな行動のシーンがあるのか」から考えていきましょう。シミュレーションですから、調査データの裏付けはありません。自由に発想してみます。ネット上に散見される調査データを参考にしてみても良いでしょう。

「写真館で撮影する」というシチュエーションは、とりあえず日常ではありません。誕生、入学、卒業、成人、結婚などのような、ライフステージにおける特別なイベントに際して、「画像で記録を残す」というニーズに応える商品・サービスを主体としています。

しかし、デジタル化の波は従来の紙焼き写真の文化を大きく変えてしまいました。人々は自分たち自身で気軽に、スマホやデジカメを使って写真を撮るようになっています。これにより、これまで「非日常の記録」であった記念写真は、「日常」の延長に位置するカジュアルなイベントになりました。さらに、2020年から続いたコロナ禍の影響で冠婚葬祭のイベント自体が減少し、記念撮影を行う機会そのものが少なくなってしまったのです。

そこでまず、「既存のお客さまにもっと利用してもらう」ことと、「新規のお客さまを呼び込む」という2つの目的を設定し、それぞれに

STEP1:お客さまの行動の収集:どんな行動のシーンがあるのか

STEP2:「お客さまの態度・行動」について日常感じていること、考えていることを列記する

という2つのステップを考えてみることにしましょう。

※ここでは、一般論としての写真館のケースを考えていきます。個別の事業者ごとで、自社内外の経営環境に違いがあると思いますので、そこは自社の場合に置き換えて発想してみてください。

 

どんなタイミングで「写真館で写真を撮ってもらおう」と思うか

まず思いつくのは、子供の誕生に始まり、お宮参りや最初の誕生日、七五三や節句、そして新入学・卒業から就職・結婚・マタニティなどと続く、一連のライフイベントです。そうした時はもちろん自分たちでも写真を撮るでしょうが、人生の記念になるようちゃんと盛装してプロのカメラマンに撮ってもらおうか、と思う人は少なくないと思います。そういうイベントでは、人が集まります。特に結婚式や米寿・傘寿などのお祝い事は、改めて家族や親族の集合写真を残す良い機会となるでしょう。

人の集まりと言えば、親族に限ったことではありません。運動会や発表会などの学校行事、町内の親睦イベント、趣味のサークルや同窓会、スポーツの大会に試合、お祭りに周年イベントなどたくさんの人が集まるイベントには、想い出を形にして残したいというニーズが生まれます。

逆に、人は集まらないが個人として何らかの記録を残したい、というニーズもあります。スタジオアリスは「子供のポートレート撮影」という新たなマーケットを開拓しましたが、その大人版で女優や映画スターを思わせる仕上がりの写真や、コスプレで変身した姿の撮影など、ライフイベントとは無関係に「非日常」の瞬間を撮っておきたいと考える人もいるでしょう。

このように考えていくと、人が「日常のスナップではない、ちゃんとした写真を撮りたい」と思うタイミングは無数に出てくるのではないでしょうか。ペットの写真をよりかわいく撮りたい、出版する本に近影を掲載したい、webサイトに載せる写真が欲しい、選挙に出馬するのでポスターやチラシ、SNS用の写真が必要、など実にさまざまなシチュエーションが考えられます。

 

なぜ写真館に依頼しようと思うのか

ではそんなとき人(ユーザー)はなぜ、街の写真館に依頼しようと思うのでしょうか。ひとつには、「写真撮影の技術」の問題があります。写真館で撮った家族の肖像写真には、素人が写した写真とはまったく違うオーラを感じます。ドキュメンタリーなどでカメラマンが被写体に向けて、何十枚もシャッターを切る様子を見ることがありますが、刻々と変わる表情や動きの中で、「最高の一枚」を切り取ることにかけては、やはりプロにはかないません。誰もが簡単に写真が撮れる時代だからこそ、プロの技術の価値は光るはずです。

また、「撮影環境」の問題も存在します。仮に腕の良いアマチュアカメラマンがいたとしても、良い記念写真を撮るには採光・照明の状態や、状況に適した背景、衣装、小道具、余計なものが写り込まない空間の確保といった、いろいろな条件が必要です。写真館のスタジオはもともと撮影専用に整えられた環境ですから、これらの諸条件がはじめから用意されています。

そして、場合によっては撮影した写真を額装したり、フォトブックに編集したりなどの付帯サービスも利用することができます。記念写真は皆で共有することが多い性格のものですから、複製や大きく引き伸ばすなどの需要が期待されるでしょう。その意味では「納品された成果物の価値・品質」も、写真館に依頼する理由のひとつと言えます。

さてこれで、街の写真館を題材としたCJ作成のための準備ができました。ここまでで得られたのは、

・利用したいタイミングやシーン、シチュエーション

・写真館に対するニーズ

・写真館に期待する機能

といった情報です。次にやることは、お客さまの行動と媒体のマッチングです。

お客さまが写真館の存在を認知するところから始め→利用してみようかと思い→問合せや資料収集を経たのちに来館され→実際にサービスを体験し→成果物を手にして評価し→リピート・拡散に至る。

その一連の流れの中でどのようなタッチポイントが有効なのか、そしてどんな感情の変化を期待するか、を構想するのが、ここでの重要な作業です。これを既存・新規の両属性に対して発想していきます。

というところで、次回に続きます。テーマは「ペルソナ」と「続・街の写真館の事例を考えてみよう-課題設定編-」です。

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